高崎国際特許事務所
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DABUS(ダバス)事件(令和6年(行コ)第10006号)に触れて思う

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ダバス事件の判決では、「AIは発明者になれない。AI発明については特許を付与できない。」と判示された。

ここでは、「自然人の境界」、「権利能力の付与の対象」及び「AI発明」について深掘りしたい。

1)   法律上、「自然人(Natural Person)」とは、権利・義務の主体となる能力(権利能力)を備えている人(生身の人間)であって(民法第3条第1項)、権利能力は、出生に始まり、死亡で終わる、とされており、出生とは母体から露出することをいい、死亡とは心停止(臓器提供時には脳死)をいうとされている。
   これに対して、AIはプログラムであって実体のない存在であり、AIの出生とは、プログラムが実行を開始することをいい、AIの死亡とは、データの完全抹消やサーバーの破棄を意味すると考えられる。また、AIには、大別して、人間から与えられたプロンプト(指示)に従って処理を行う生成AIと、AI自身が自律的に処理を行う(すなわち、人間が細かな指示を与えなくても、自らタスクを組み立てて実行するという遂行能力を有する自律型AI(AIエージェント)とが存在する。本事件においては、ダバスは「本発明を自律的に発明した」とあるので、後者の範疇にカテゴライズされる初期のAIエージェントに相当するものであったと考えられる。AIエージェントは、入力されたデータをもとに学習し、自分の中の判断基準(パラメータ)を更新し続けるが、これは、人間が経験を通じて性格や考え方を変えるプロセスに似ており、生成AIよりもむしろ人間に近い(正確には、人間の脳に近い)存在であるといえる。
   本事件では、知財高裁は、AIが(上記定義に当てはまらず)自然人ではないから、① 権利能力がない、② 発明者になれない、と結論付けている。
   自然人の定義をその字義どおりに文理解釈すれば、たしかにAIは自然人ではないといえるだろう。では、自然人の定義を拡大解釈する余地はないのか。AIは生身の人間ではないため、人間の出生、死亡とは異なる形態をとるものの、AIのライフサイクルの中では、これらに相当する転換点を有している。ただ、この拡大解釈については、単に法律問題だけでは片づけられず、倫理上、宗教上、社会情勢等の他の領域の問題が絡んでくるので、そのことが法律の条項の解釈にも影響を及ぼすと考えられ、よって、少なくとも現行法の下では、AIを自然人と解するのは難しいだろう。
2)  それでは、AIが自然人であるかどうかはさておき、AIに権利能力を認めることはできないのか。ダバス事件において、裁判所の論理は、AIが発明者になれない根拠として、AIには権利能力がないからであるとしている。現行の法制度では、権利能力は、自然人に限られたものではなく、法人にも 権利能力を認めている。よって、AIを法人として権利能力を認めるという考え方も当然生まれてくる。ところが、特許の世界では、法人は特許権者になれても、発明者にはなれない。発明が人間の創作的活動によってのみ生み出されるものだからである。そうすると、やはりここでも、AIが自然人でないということがネックになってくる。
3)  では、AIが 自然人であるかどうかはさておき、AI発明を特許法上の発明として認めることはできないのか。本事件において、知財高裁は、「特許法上の『発明』の概念自体は自然人を発明者とする場合に限られないと解したとしても」、「AI発明が特許法上の『発明』の概念に含まれるか否かについて判断するまでもなく」というような、含みのある言い回しをしている。後者については、知財高裁は、AI発明が特許法上の「発明」の概念に含まれるか否かについての判断をしていない(つまり判断を放棄している)ことを意味しているが、前者については、知財高裁は、特許法上の「発明」の概念が自然人を発明者とする場合に限られないと解する余地があることを示唆している。特許法上の「発明」が自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうとされていること(特許法第2条第1項)、技術的思想の創作が人間の過去の経験等に基づいて人間の脳内活動によって生み出されるものであること等を考慮すると、限りなく人間の脳に近づいているAI(知的創作活動の分野では、近い将来にAIが人間を追い越すと予言している専門家もいる)によって生み出された発明(AI発明)を特許法上の発明と認める余地は十分にあるのではないだろうか。私はAIの擁護論者ではないが、AI発明が結果的に産業の発達を含めて、人間社会(AIとの共存社会というべきかもしれない)に繫栄をもたらすものであるならば、いずれAI発明を肯定的に捉えるべき時期が来るかもしれない。ただ、その場合に解決すべき問題は多数存在する。
4)  問題の一端を挙げると、以下のとおりである。
  i)  AIは、全世界の人間が長年にわたって蓄積してきた経験や知識を一瞬で自分のものにすることができるので、飛躍的なスピードで発明することが可能であり、AIによって発明が独占される恐れや、そのような膨大な数の出願を処理できず、審査遅延が発生する恐れがある。
   ii) AI発明が権利化された場合に、AI自身が権利者になれるのか、そうでなければ、だれを権利者とすべきなのか、という点である。
5)  上記i)については、AIによる独占によって産業活動が阻害されることがあっては本末転倒であり、何らかの縛りが必要になるだろう。審査遅延に関しては、別のAIによる審査補助によって審査官の負担軽減を図ることも考えられる。
   上記ii)については、i)のAIによる発明独占とも関わってくる問題であるが、一部のAIや、AIのサービスを提供している一部の会社による特許権の独占の問題を孕んでくるため、慎重な議論が必要である。
6)  最後に、人間とAIの融合について言及しておきたい。
    人間中心の社会が存続している限り、AIに人間と同様の権利をそのまま(つまり制限なしに)認めることは難しいだろう。また、AIがネットやサーバー上の存在である限りは、物理的実体がない(つまり3次元的存在でない)ため、疑似人間的な扱いをすることも認められにくいと考えられる。それでは、AIを実体化したAIロボットの場合はどうであろうか。この場合には、AIロボットが3次元的存在として実体化しているので、疑似人間として人間社会にも受け入れやすくなると考えられる。AIロボットをさらに人間に近づけたAIアンドロイドの場合はどうであろうか。弾力のある皮膚を持ち、人間と同じように表情筋を動かすことができ、体の動きも限りなく人間に近く、人間との見た目の区別がつかなくなったAIアンドロイドが人間と同様に社会活動を営むようになった暁には、そのようなAIアンドロイドがなした発明は、AI発明として、特許法上保護することが容認されやすくなるかもしれない(もちろん、権利者が誰になるかという問題は依然として残っているが)。
   ところで、アニメ作品に「攻殻機動隊」というものがある。攻殻機動隊は、映画『マトリックス』や『アバター』にも多大な影響を与えたといわれる作品であるが、主人公の草薙素子(少佐)率いる少数精鋭の特殊部隊(通称:攻殻機動隊)が、国家を揺るがす巧妙なサイバー犯罪や政治的陰謀を未然に阻止していく姿を描いたSF作品である。草薙少佐は、6才で全身を機械化(義体化)したサイボーグであるが、脳だけは生身の脳を持っている。つまり、彼女は、人間として生まれ、脳以外の部位は心臓も含めて機械化されている(つまり生身の心臓は停止している)が、脳死を経ることなく、生身の脳を保持した存在である。果たして、彼女は、果たして自然人なのか否か。現代の医学・法学においては、人の死を判定する基準が「三徴候説(心停止・呼吸停止・瞳孔散大)」から「脳死説」へと重心が移ってきているということを加味すれば、彼女は生身の脳を保持している以上、「自然人」といえるだろう。これは、人工心臓に切り替えた人が依然として「自然人」であるのと法理上は同じ扱いになる。
   ただ、彼女の脳が特殊なのは、生身の脳の神経細胞と機械とをインターフェースでつなぎ、脳そのものをコンピューター端末化してネットワーク機能が付与されている点である。すなわち、彼女の脳(作中では電脳と呼ばれている)自体は生身の脳であるが、脳に埋め込まれたインターフェースを介して外部のネットワークに接続可能になっており、いわば脳にスマホが埋め込まれているような状態である。しかしながら、この場合、従来、手元でスマホを操作していたのを、脳内で操作できるようにしたということであり、よって、彼女自身はAIエージェントではなく、あくまで道具としてAIを使用する自然人であるといえる。
   一方、攻殻機動隊のキャラクターの中で、草薙少佐の例とは異なり、AIを搭載したロボットであるタチコマのような例はどうであろうか。タチコマは生身の脳を持っていないため、AIロボットの範疇に属するといえる。それでは、脳以外の体の部分は生身であるが、脳だけがAIに置き換えられたアンドロイドの場合はどうであろうか。この場合、脳を入れ替える際に脳死の状態になるので、人間としては死亡しており、そのため、その後アンドロイドとして生まれ変わってももはや自然人ではないといえる。
   「電脳」に関しては、SFアニメの中の話だけだと思っていたら、最近、イーロン・マスク氏率いるNeuralink(ニューラリンク)などの企業が患者の脳にチップを直接埋め込むことに成功したという話もあり、あながち夢物語ではなくなってきているようである。
(2026年2月25日投稿:高崎健一)
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